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ハルカナ from fanbox
ハルカナ

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ショーダウンⅡ 『1:二年目の再開』

1:ニ年目の再開 「レディースアンドジェントルマン! 今日もホテルジョイカプセルの“マジカルONステージ”へご来場いただき誠にありがとうございます!」  薄暗い大きな丸いホールに円形闘技場を思わせる段々になった客席……  照明は赤や緑や黄色など様々なスポットライトが中央の“ステージ”を照らし、そのステージの真ん中ではピエロの面を被った司会の男が、席を埋め尽くした客達に対し身振り手振りを交えて営業の言葉を振りまいていた。 「さて、このマジカルONステージもいよいよ最後のマジカリストに登場して貰う事となりますが、この二時間弱のショーのトリを飾るのは誰か……? 目の肥えた皆さまでしたら当然分かってございますよね?」  アミューズメント施設と一流宿泊施設が一体化したホテル……“JOY・CUPSULE”のテナントの一つであるこのマジカルONステージは、多数の人気イリュージョニストや手品師が登場し演目を披露する場として大変に人気のあるコンテンツに成長していた。 「そうです! 今日もトリを務めてくれるのは勿論あの二人! マジカルONステージ人気ナンバーワンであるマジカリスト“AYANA”のお二人です!」  マジカルONステージは客席の配置がステージを囲むように円形に並んでいる為、イリュージョンや手品を行う際には360度どの角度からでも見られていると意識しながら演目をこなさなくてはならない。それが故このステージを“最難関の舞台”だと評する同業者も数多く、必然的にこのステージにはそれ相応の実力が無いと立てない特別な場として認知されている。  そんな最難関のステージにて開業当初からニ年間もの間人気ナンバーワンの座を守り抜いている凄腕のイリュージョニストが居た。  そのイリュージョニストはAYANAという二人組の演者で、ショートヘアの緑髪で背の高いAYAと長めの茶色いツインテールでスレンダーな体型のNATUが組んで毎度トリッキーなイリュージョンを披露している。 「では登場して頂きましょう! ミスAYA、ミスNATUっっ!! オンステ~ジ、カモンっ!」  司会の男が二人の登場を促すと、天井から吊られるように四方を向いた複数のスピーカーから低音の響く大音量な音楽が鳴り響き、それに合わせてカラフルなスポットライトが二人を探すようにステージ上を駆け回った。  しばらくするとステージ奥の床が左右に分かれ……下のスペースからゆっくりと上がってきた昇降床に乗ってAYAとNATUが姿を現した。  彼女達はいつもと同じ黒を基調としたノースリーブのマジシャンスーツを身に纏い、蝶を模したアイマスクで顔を隠してステージ中央へと手を振りながら登場する。  すると早速、ステージ上に用意されていた“道具”を見て司会の男が煽りのマイクを入れる。 「さぁ、ステージ上には何やら“大きな石の塊”のような物が用意されていますが……ミスAYA? 今日はコレを使ってイリュージョンを行うという事で間違いないのかな?」  そのマイクと同時にスポットライトがステージの真ん中に用意されていた長方形の巨大な石の塊に光を集めていく。まるで石棺を模して作ったかのような石の塊……それをAYAは手で軽く叩きなが音をヘッドセット付随のマイクに拾わせ、石が本物の大理石で出来ていて見た目通り頑丈である事を観客にアピールしていく。 「エジプトのミイラでも収められてそうなこの石棺を使って一体何を行うつもりなのでしょう? さぁ、ここからはわたくしもマイクを手離して彼女達のショーを見届けようと思います」  司会の男がそのように零すと、舞台袖から複数人のスタッフが現れステージ上に上がり込んでいく。彼らはその石棺の周りに打ち付けられていた複数の金具の輪に天井から下がってきたワイヤー付きのフックを取り付けていくと、早速それを持ち上げるよう裏方のスタッフへ合図を送る。その合図を見た裏方のスタッフはクレーンのスイッチを押し、引っ掛けられた複数のフックを同時に引き上げ始める。するとワイヤーに繋がったフックが巻き取られ、石棺の上半分を機械の力で持ち上げていく様子を見せる事となる。  石棺の“蓋”部分に相当する石塊がある程度の高さまで持ち上げられると、そこには上下がセパレートし半分くらいの大きさになった台の部分だけが残される事となった。  下半分である台の上には白いブランケットがひいてあり、更には拘束するためであろう金属製の枷までも用意され、いかにもそこに“誰かが寝る準備”が整えてある様子を視覚的に伺わせていた。 「まぁ! あの大きな石の塊は……実は二つに分かれる様になっていましたのね!? しかも石台の上には枷のような物も見受けられますし、もしかして綾香さん……あの石台の上に寝かされて蓋を閉じられるおつもりじゃないかしら?」  その様子を最上段の観客席から見ていた一人の女性が興奮気味にそのように声を発する。  真っ赤なドレスに縦髪ロールといかにもお嬢様っぽい見た目をしたその女性は興奮が抑えられず席から立ち上がろうとするが、その隣に中腰になって“席を調べていた”小柄なおさげ髪の女性に肩を押されその行為を阻害されてしまう。 「シーッ! お嬢! 周りの人に迷惑ですよ、大声は出さないで下さい! あと……席も立たないで下さい。目立ちますから……」  彼女の衣装もいちおドレスではあるのだが、見た目が極端に小さく子供の様な体型をしている為……お嬢様風の女性の連れ子ではないかと思われることがしばしばある。  勿論連れ子でもないし、彼女自身も成人を迎えている立派なレディであるのだが……その容姿が故に大人として扱われる事はあまりに少ない。 「良いではありませんかぁ♥ 久しぶりのマジックショーなのですから……って、さっきから何をしてますの?」 「え? 何って……罠が無いか調べているんですよ。この席を……」 「罠? 鈴音ちゃん……なんですの? その罠って……」 「ちょっとお嬢! “ちゃん”呼びはやめてって言ってますよね? ただでさえ子供だって誤解されやすいんですから! その呼び方は禁止です!」  見た目少女の格好をした鈴音と呼ばれたこの女性は片手に携帯ゲーム機を持ち、もう片方の手で何やら自分の座ろうとしている席をあちこち触って確認する様子を見せている。赤いドレスの女性はその様子を見て頭に“?”マークを浮かべ首を横に傾ける。 「シーッ! 鈴音ちゃんの方が声おっきいですわよっ!」 「あっ! また言いましたね? お嬢!」 「うっ……ホホホ♥ それで? 罠とは何の事ですの?」 「いや……。この席“前来た時”と同じ席ですよね? なんか嫌な予感がするのでいちお警戒を……」  彼女が“前来た”と言葉に出したように、二人は実はこのステージを見に来たのは初めてではない。丁度二年前の雨が降りしきる夜の事……とある事件が片付いた記念にという事で訪れたこのショーでAYANAのイリュージョンを楽しんだ事があったのだ。 「嫌な予感? って……アレかしら? 前、イリュージョンの最中に夏姫さんと入れ替わった……」 「えぇ、あの時……一瞬の事で何が何やら分かりませんでしたが……多分、私はこの席ごと連れて行かれたと思うので……」  AYANAの二人と赤いドレスの女性……そして、子供の様な容姿をしたこの女性とは二年前、一つの事件で対立した過去がある。  片やイカサマをしたディーラーとして……片やそのイカサマを看破して制裁を下した身として……赤いドレスの女性は保険の調査員としてAYAと戦った。そして、彼女のイカサマを見破り、逆にそのイカサマを利用して見事に勝利を収めた。  それからなんやかんやあり、ディーラーのAYAとNATUはイリュージョニストとしてこのマジカルONステージにて返り咲く事となった。  イカサマをしたAYAに制裁を下し、断罪の機会をその場で設けたが……彼女の過去とイカサマを行う事になった経緯を鑑み、彼女を守る意味でも別の人生を歩ませたいとドレスの女は考え、これに至っているのだ。  AYAとNATUに第二の人生を歩ませるという発想は彼女の考えではあったが、それを実現する為にはもう一人の重要な人物の力が必要だった。 「お、もう来てたのか? よぅ、久しぶりだな♪ 元気してたか?」  それが、このホテルのオーナーであり、製薬会社の社長でもある彼……結城社長その人だ。 「あら、随分と遅れてこられましたのね? お忙しかったかしら?」 「いやぁ……おかげさまで、次のテナントを何入れるかの相談で役員共がうるさくてさ……中々手を離してくれなかったんだよ……」 「それはそれは♥ 二年前と変わらずのご活躍ぶりなようで……羨ましい限りですわ♪」 「お前の方も順調なんだろう? 保険業の方……」 「えぇ、どうにか軌道に乗ってきたところですわ。カジノ付きのホテルも増えてきて……それに伴ってイカサマを行うディーラーの報告がひっきりなしですの。困ったものです……」 「ハハ……そっちも商売繁盛でなによりだな」 「こういう繁盛は願い下げなのですけどねぇ?」  軽い雑談を交わし再びステージの方へと視線を戻した赤いドレスの女性は、ステージ上でイリュージョンの準備が着々と進んでいる事に興味を示しそちらを注視した。 「あらあら綾香さんったら……靴も靴下もその場に脱いで素足になりましたよ♥ これは……見ている方へのサービスか何かかしら?」 「お、おい! あんまりAYAの本名を言って回らないでくれよ? 何処で“あの時の被害者”が聞いているか分かんねぇんだから……」 「あ、っと、これは失礼♥ そうでしたわね……今はAYAさんと言うのが彼女の表向きの名前でした……」  AYA(当時の名前は椿綾香)は私的な恨みから不正に手を出し、この赤ドレスの女性……白州川 麗華によってそのイカサマを暴かれ仕置きという名の断罪が成された。しかし、その断罪はあくまでその場に居合わせた客限定で行われたショーのような物であったため、その場に居なかった被害者には未だ消えぬ恨みを持たれ続けている。  その恨みが私刑(リンチ)に発展する事を恐れ、麗華は当事者である綾香と……宮古夏姫(NATU)をこのマジカルONステージにて匿う計画を立て実行した。それが2年前の騒動の着地点であった。 「その後いかがです? 綾香さんの正体に気付いた人が脅しに来たりとか……そういう事はありませんでしたか?」 「まぁ、ディーラーとマジシャンじゃ畑が違うからな。今のところはそういう心配はない……」 「でも、ココで有名になってしまっては……いずれ気付かれてしまう可能性もありますわよね?」 「あぁ……それは本人も気にしてる様子だったな。だから、取材等は一切受けないショー専属のマジシャンになって細々やってるよ」 「……これだけのお客さんを集めておいて細々は無いでしょう? 今や同業者からも大人気だと聞きますわよ?」 「まぁ……そうだな。でも、俺の方も彼女らのプライバシーは気にかけているぜ? 彼女達の家を特定されないようこのホテルにランダムに部屋を借りて住まわせたりしてるし、移動もしっかり変装を徹底して貰ってる。彼女達の正体を知ってんのは……俺とお前たちくらいなモノさ……」 「まぁ! こんな豪華なホテルを毎日借りられていますの!? それは贅沢な限りですわねぇ……」 「彼女達の稼ぎはこんなホテルの宿代なんて簡単に支払えちまうよ。グッズを売れば即完売……チケットは来年の冬まで予約でぎっしり……それに加えてほぼ毎日公演してんだぜ? 稼がない訳がないのさ」 「グッズ? そんなものが売られているのですか?」 「このホテルの売店に売ってるぞ? あの、蝶型のマスク♪」 「あのマスクが……グッズ? どうせあなたの事ですから子供相手に高くで売りつけているのでしょう?」 「ハハハ……良く分かってるじゃないか♪ ちなみによく売れてるぞ? 何せ……市販のモノじゃなくて特注品だからな」 「へぇ~~~(この社長のお金への貪欲さには脱帽ですわね)」 「ほら、それよりも見ろよ! AYANAの新作イリュージョンが始まるぜ! あれは“今日の為”にAYAが組んだらしいんだ! 楽しみだよな♪」 「え? あ、えぇ……」  イリュージョンショー特有の心音を思わせるような音が会場中に鳴り響き、客達もそれがお約束であるかのように合わせて手拍子を返し始める。そして、スポットライトが客席に手を振る綾香に集まると、彼女は簡易的な脚立を使って石台の上へとあがり……その石台の白い敷物の上に仰向けになって寝て、手を万歳するように真っ直ぐに上へあげ次の段取りを待った。  石棺の全長はAYAの身長と同じくらいの縦幅しかなく、彼女が手を万歳の格好にすると、手首より上は石台の端からはみ出す形となる。同じく足も真っ直ぐに下へ伸ばすと、こちらも足首から先は台の端からはみ出す格好となってしまう。  これは設計上のミスなどではなく、敢えてイリュージョンの演出上手足がはみ出るよう仕向けた結果であり……その証拠に持ち上げられている棺の蓋部分の上下には手足が出せるような丸みを帯びた切り込みが入れられている様子が伺える。 「やはり……あの台の上に寝転がりましたわね……」 「……あぁ」  傍に居たスタッフ数人が綾香の準備が整ったと見るや早速その手足に枷をはめ、石台の上に彼女を拘束し始める。  枷は金属製で、半分は既に台の金具に固定されていて残りの半分がまだ動く状態にされている。スタッフ達は固定されていない側の枷を綾香の腕部分に被せ、台に予め設置してあった金板に合わせて上からネジを回して固定を施していく。  ネジが回されると、綾香の腕はその枷にしっかりと上から押さえつけられ身動きが取れなくなる。それを両腕、両脚に付けられ……彼女は台の上に磔にされたような格好を強制される。 『フフフ……姉様? 良い格好ですね♥』  完全拘束がされた綾香を見て夏姫は仮面の下でクスリと笑みを零しその様に声をマイクに拾わせると、彼女の足元へと移動し石台からはみ出た彼女の素足を興味深げに観察し始めた。そして、足指をクネクネと動かしている彼女の足におもむろに手を運んで行って、その足裏をコチョコチョとくすぐり始めた。 『ちょはっっ!? 何するのよっっNATUっふふふふふふ!! やめてよ、くすぐったいっっ!! っあはははははははははははははははは』  くすぐりが始まるとすぐさま綾香のマイクに彼女の笑い声が乗り、身体の反応や笑い方からその足がちゃんと夏姫の手によってくすぐられたことが観客に証明される。 「まぁまぁ♥ 久しぶりに綾か……AYAさんの笑い声を聞けましたわ♪ 彼女ってってば、普段がクールですから……このように笑った姿を見るとギャップが凄くて思わず引き込まれちゃうんですよねぇ~♥」  ひとしきくすぐって反応を楽しんだ夏姫はスタッフに合図を送り、持ち上げていた石棺の蓋部分をゆっくりと降ろすよう指示を出す。  石棺の蓋部分の裏には人が一人入るくらいの空洞が開けられており、それが石の土台と重なると綾香の身体をスッポリ包んで隠す事となる。  しかし、はみ出していた足と手は石棺の横に開けられた穴からはみ出したままであり、時折観客に向かって手を振って見せたり、足をモジモジさせて見せたりと出来得る限りのアピールをその手足にさせたりすることが出来た。  やがて蓋が完全に重なって棺が閉じられると、その蓋自体も台座と共にいくつもの鍵を掛けられ更に念入りに南京錠までもがその鍵に上乗せで付けられ、手では勿論のこと機械の力を頼っても蓋は開けられないという状況を観客に示した。  これにて厳重に石棺に封印が成された状態となったのだが、そこまで行うと最後にスタッフによって黒い大きな布が石棺全体を覆う様に上から被せられ最終的な準備が整う事となった。  まるで、遺体の入った棺に国旗を被せて弔う様に……その黒い布は綾香の唯一はみ出していた手足にも覆いかぶさってそれを隠してしまう。  折角石棺から出ていた綾香の手足もその布によって見えなくなってしまうが、手足の輪郭は布の膨らみや形で確認する事が出来る為……まだそこに手足があるのだと誰もが伺い知る事が出来る。  そして、その準備が終わると……最後の確認のためにもう一度夏姫が布の下から手を挿し込んで綾香の足裏にくすぐりを入れ始める…… 『ちょははははははははははは、やめてってばぁ! NATU! もう少し手加減してくすぐってよっっ! 本当にくすぐったいんだってぇへへへへへへへへへへへ!! くひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ!!』  そのくすぐりにも綾香は爆笑の声を上げさせられ、館内の観客達の耳を大いに楽しませる事となった。 「今のも……ちゃんとAYAさんの反応でしたね。わたくしもくすぐりを長年見てきた身ですが……あれが演技でない事も声の出し方なんかで分かりますわ♥」 「おいおい、サラッと性癖めいた事言うなよ……」 「ホホホ♥ 別にいいではありませんか♥ 結城社長とわたくしの仲ですし♪」 「いや……誰だっていきなり性癖語りをブッ込まれたら困惑するって……」  最終確認を終えたNATUは手をAYAの足元から出し、その手を高く掲げ指をパチンと鳴らして裏方へ合図を送る。  すると、ステージの照明が暗く怪しげな色に変化し、スピーカから流されていた緩やかな音楽も激しいロック調のギター音に変化が加えられる。  そしてそれと同時に天井からは“石切り用の丸ノコギリの刃”が姿を現し、激しい回転音を鳴らしながらゆっくりと石棺の方へと降下を始める様子を見せた。 「う、わ! あれ! あの丸ノコで石棺を切るつもりですわね!? これって、アレでしょ? 人体切断マジックとかいう……」 「あぁ、そうだな……」 「でも、あの手のマジックって……確か寝ている所の床がくり抜いてあって……そこにお腹とか胸を引っ込める事で刃に切られないようにするのが種でしょう?」 「お、おい! ネタバレすんなよ! 俺は初めて見るんだぞ?」 「あ、え、えっと……オホホ♥ ごめんあそばせ♪」  麗華の言葉通り、普通の人体切断マジックは箱の中に人が入り……ノコギリなどで箱が切断され中の人ごと切ったのではと思わせるマジックではあるのだが、勿論マジックである為本当に人を切ったりはしない。  このマジックで有名な手法としては、演者が寝た台の底に少し深い窪みがあり……そこに腹部を引っ込めてノコギリの刃から避難しておくというのが一般的ではあるが…… 『……え!? 何ですって!? トラブル??』  今回のAYANAの演目はそれとは少し主旨が異なった。 『機械が止められない!? 嘘! な、なんでっ!?』  ノコギリが石棺の蓋に到達し火花を散らしてそれを切り始めた頃合いになり、ステージの上が急にイレギュラーな慌ただしさを見せ始めた。  どうやら何かしらトラブルが起こりノコギリの刃が止められなくなったようだ。スタッフの一人が慌ててそれを夏姫に伝えると、夏姫はマイクが入っている事も忘れそれを観客にも伝えてしまう。 『ちょ、技術さんっっ!? ノコギリ止めて!!! 電源ごと早く切ってっっ!!』  騒然となる客席とステージ上のスタッフ達。そんな中、夏姫は慌てて裏手のスタッフに向けてノコギリの制止を呼びかける。それを受けほとんどのスタッフがステージを降り観客席の下にあるコントロールルームへと駆け込むが……しかしノコギリの切断は止まらない。刃はすでに石棺の真ん中程まで切ってしまっている。 『だめ! これ以上は駄目!! “窪み”以上に達しちゃう!! 誰でもいいから急いで止めてっっ!!』  思わず手品の仕掛け部分まで喋ってしまう程てんぱった夏姫の叫びに、激しかった音楽も中断されノコギリの音だけが会場に響き渡る事となってしまう。  そうこうしていると夏姫の願いが届いたのかノコギリの刃もギリギリの所で止まるかのように回転を弱め始めるが…… 『良かった……止まってくれる……』 っと、夏姫が安堵した瞬間!  ガリガリ……ガリ…………ガリガリガリガリッっ!!  止まりかけた刃は非情にも制御を無視して再び回り始めてしまい、一気に石棺の三分の二程に刃を届かせると……そのまま数秒もかからずにその刃は完全に石棺の底にまで到達し中のAYA諸共真っ二つに切り裂いてしまう事となる。その瞬間……石棺の中から“グシャ”っという鈍い音が鳴り響き、蓋の間から僅かにはみ出していた敷物の白い布が、徐々に赤く染まっていく様子が見て取れた。  ノコギリの刃は石棺を分断したにもかかわらず尚も回転と下降を続けており、とうとう石棺を乗せていた台座さえも刃にかけ始め……金属と木材が入り乱れる切断音が混乱する会場中に響き渡った。  そして、ステージの床まで切る勢いで刃が降りようとするが、台座の金属が最後まで切りきれず……ようやくそこでノコギリの刃は止まる事となった。  ステージ上には泣き出してしまった夏姫の姿と、完全に停止し持ち上がらなくなったノコギリの刃をどうにか持ち上げられないかと右往左往するスタッフ達の姿が映っていた。  黒い布が掛かったままの手足はピクピクと痙攣するように動いており……赤黒く変色した布からは綾香の血らしき液体が滴って床を濡らす様子が見受けられる。  このマジックショーは失敗した……トラブルが起きて失敗してしまった……と、誰もが目を疑わなかった。勿論それは麗華達も同じように受け取っていて……結城社長と麗華は顔を真っ青に染めて、悲鳴と混乱のるつぼにある会場をあたふたと見渡すしかできなくなっていた。 「ちょ、ちょっとぉ! 大変な事になったんじゃありませんの? 結城社長?」 「う、うむ……ちょっと、俺も事務所に確認を……」  客やスタッフを巻き込んでの想定外の慌ただしさに思わず携帯電話を取り出し席を立とうとした結城社長だったが、その行動は麗華の隣から届いた声に納められる事となる。 「そんなに慌てる必要はないわ……お二人さん?」  その様に声が届き、慌てて鈴音の座っている方へと視線を向けると……そこにはつい今しがたまで座っていた鈴音ではなく、足を組んで片肘をつき、優雅にステージを眺めている綾香の姿が現れていた。 「久しぶりね……保険屋さん?」 「んぇっっ!? あ、あなたっっ!! 綾っ――」 「おっと、それ以上大声は出さないでね? 私が無事である事はまだお客さん達は知らないのだから……」  綾香はクスリと笑みを浮かべつつ自分の口元に人差し指を立て麗華の方をゆっくりと振り返る。それを見て麗華は出しそうになった彼女の名前を呑み込み、別の言葉に直して声を潜める様に口を開いていった。 「あ、え……び、ビックリしましたわ……。つい今しがたまでステージの上に立っていたというのに……っていうか、手も足も拘束されていましたわよね? 舞台の上の石棺にもまだその手足は残っているように見えてますが……これは一体……」 「馬鹿ねぇ、私がここに居るって事はあの手足が私のモノじゃない事くらい分かるでしょう?」 「え、で、でも!! さっき夏姫さんがくすぐった時は……ちゃんと素の反応を返していたじゃありませんかっ! 変な間があったり笑い方に違和感もなかった様に感じましたが?」 「そりゃあ……あの時は“まだ”私の足だったからね♪ 久しぶりに私の笑い声聞けて嬉しかったでしょ?」 「あの時は……? まだ?? え? って事は……その後に入れ替わった……?? どうやって? だって綾香さんの手足はあれほど厳重に拘束されていた筈……」 「まぁ、あの枷も最初から拘束していないようなものだったのだけど……っと、これ以上は企・業・秘・密♥ マジシャンたるもの客にネタの核心部分は語らず秘密主義に徹するのがプロのセオリーってもんよ♪」 「えぇ! ちょ、ちょっとぉ! 気になるじゃありませんかぁ!!」  ステージ上では石棺を貫通して食い込んだま動かなくなってしまった巨大ノコギリをそこから抜き出そうと、スタッフがクレーンに繋がったフックを付け直す作業を行っている。  夏姫は相変わらずステージ上にへたり込んで泣く仕草を繰り返しているが……このトラブル自体もショーの一環である事が分かった以上、彼女がウソ泣きしている事が遠目にも分かってしまう。 「さて? 気になると言えばコッチだって先に話を聞いておこうと思ったから、ワザワザこういう仕掛けであんたのトコに近づいた訳だけど……」 「……っ? 先に……聞いておく?」 「あんた、私に会うために結城社長を通して都合をつけたでしょ? しかも“明日、話をさせて貰いたい”とか無茶な頼み方までして強引に……」 「えぇ、まぁ……そうですわね。急ぎの“お願い”がございましたので……」 「お願い? あんたから……私に?」 「は、はぁ……ちょっと込み入った話になってしまいまして……」 「ふぅ~~ん? 暫く音沙汰が無いなと思ったら……何か都合が悪くなって私に泣きつきに来た……って所かしら?」 「うぐっ! うぅ……そう言われてしまっては……わたくしも面目が保てませんけれど……」 「それは……私が前に勤めてたカジノ“ゴールドベガス”に関係する話かしら?」 「え、えぇ……。その通り……ですわ……」  二年前、綾香はカジノのディーラーとしてとあるホテルに勤めていた。  当時は地域で最も大きなカジノとして知られていたそのゴールドベガスだったが、綾香が起こしたイカサマ事件を機に一年も待たずして閉館へと追いやられてしまう事となった。  キッカケは綾香のその事件が引き金になったことは間違いないが、その当時にカジノを仕切っていた雇われオーナーである“岩城”という男の極悪な経営手法がトドメを刺し最後は幕を閉じたという。  綾香はその当時のカジノの動向をある程度は結城社長から聞かされていたが、今岩城が何処で何をしているのか……当時のスタッフやディラー達はどうなったのか……そういう部分は詳しく聞き及んでいない。  それ故、今回の麗華たちのアプローチが前の職場絡みの“何か”だろうと……予測は立てていた訳だが…… 「それは……客? それとも……スタッフの方?」 「今回は、その……元スタッフを名乗る方がいまして……」 「スタッフか……。って事は……元ゴールドベガスのディーラーとかかしら?」 「えぇ……多分……」 「多分? 何よそのはっきりしない言い回しは……」 「……綾香さんは“日野 紅葉”さんと言う方を……御存じですか?」 「ひの……もみじ?? いいえ、聞いた事ないわね……」 「その方が……綾香さんにカジノの一件で個人的な恨みがあるから……呼んで来いと……」 「個人的な恨み? 聞いた事ない名前のヤツに?」 「わ、わたくしも……その……詳しくは事情を聞けてなくて……なぜ恨んでいるかも……」 「ふぅ~~ん? っで? あんたはなぜそいつと接点を持ったの? 仕事の関係?」 「はい……。いつも通り、保険の調査と言いますか……イカサマ疑いのあるディーラー居ると情報を貰いまして……」 「私の時みたいにイカサマを暴こうと出向いた訳ね? それで? イカサマは見破れたの?」 「そ、その……見破れたというか……イカサマをしている事自体は分かったのですが……えっと……」 「なによ? 歯切れが悪いわね……」 「そこで……あのぉ……わたくし……派手に負けてしまって……」 「っ!? ま、負けた?? あんたが?」 「い、いえ! わたくしだってイカサマがある事は理解したのですよ? だって……あんなに負けて帰る事になりましたしぃ……」 「負けたって……いくら?」 「さ、三千……枚? くらい?」 「はぁ?? それってチップ換算でしょ? 現実の賭け額はいくらだったのよ?」 「八千万……程でしょうか?」 「は、八千万っっ!? あっきれた~~! よくそこまで入れ込めたわね……」 「だ、だって! イカサマを使っているのは確実でしたのよ? 後はそのイカサマが使われたという証拠を提出して……糾弾する方向へ持っていくだけでしたのに……」 「結局そのイカサマの証拠が出せなかったから……負けたという事?」 「は、はい~~。やらかしちゃいました♥」 「っで? 支払いはどうしたのよ? どうせ金なんて持ってなかったんでしょ? 私の時みたいに……」 「今の所……保留というか……条件付きで待って貰っていると言いますか……」 「待って貰ってる? 成程……それで“私”の名前が出て来たって訳ね?」 「はい……その紅葉さんと言う方は、待ってやる代わりに三日以内に椿綾香を連れてこい……と要求されましたの。それが出来なければ……保険会社を訴えると……」 「三日以内? って事は……その期限は……もしかして明日?」 「……はい♥」 「それで、私にそのイカサマ師と対決しろとか……そういうつもり?」 「……う~ん……はい♥」 「ッっ!? はい♥ じゃないわよ! 私、これから後二本の公演が控えているのよ? 終わるのは明け方よ? 準備もクソも出来ないじゃないのっ!」 「ひぃぃ! 綾香さんっ! 声が大きいですわ。他のお客さんに聞こえちゃいますぅ!」 「ぅっ! くぅ……」 「と、とにかく! 詳しい状況は公演が終わり次第説明いたしますから!」 「むぅぅ……なんか……気に食わないわね……」  綾香は頬を膨らませて納得できない様子をして見せるが、内心では自分が指定される事は仕方が無い事だと思っていた。  二年前のイカサマは客の損失だけでなく、共に働いていたスタッフにも被害を被らせてしまったものだと綾香自身も自覚している。だから、いつかこのような……罪を清算させられる機会がまた訪れるだろうと覚悟していた。本来なら吊るし上げられ私刑(リンチ)を受けていても仕方がない罪を犯しているのだから……そういう機会が二年も訪れなかったのはむしろ奇跡としか言いようが無いと思っていた。  だから、不貞腐れた顔をして見せているが、内心は麗華の要求を呑もうと決心している。  これは自分が背負うべき業であり……一生消えない罪でもあると認めていたのだから。 「社長? 明日の公演は……」 「あぁ。キャンセルするかもってマネージャーに言っておいたよ……いちおな……」 「はぁ……。用意が良い事で……」  綾香はその様に溜息をついて見せると、再びステージの方へと視線を戻していく。  ステージ上ではノコギリの刃がクレーンによって持ち上げられ、スタッフが次に石棺の蓋の錠を外す準備を行っている様子が伺える。 「あ、あのぉ? それで……御返事の方は~?」  膝に肘をついて再び深めの溜息を吐いた綾香は、ステージの方に指を差してそっちを見るよう麗華に促しを入れた。 「今回……夏姫は関係ないわよね? 彼女は……危害を加えられたりしないわよね?」 「え、えぇ! 夏姫さんの方は何も……仰ってませんでしたから……」  ステージ上には座り込んで泣くフリをしている夏姫の姿が見えた。彼女は綾香の助手であり大切なパートナーでもある。綾香が彼女の事を気に掛けるのは当然であるし、なるべく今回の件に巻き込みたくないという気持ちも彼女にはあった。 「私だけ……ね? 分かった……」  綾香はその言葉を聞き安堵の息をついた。  ステージ上からは石棺の蓋を持ち上げようとするクレーンの駆動音が重々しく鳴り響き始めている。 「では……お願いできるという事で――」  麗華は綾香の“分かった”という言葉を聞きステージから彼女の方へと振り返ると、そこには既に彼女の姿は既になく……代わりに息も絶え絶えになって疲弊した鈴音の姿が再び現れていた。 「っと……えっ!? 鈴音ちゃん!? あ、あれ?? 綾香さんは??」 「ハァハァ……お嬢……。あいつ……また……私の事……椅子ごと地下に連れてって……バニー達に……よってたかって……くすぐらせて……ハァハァハァ……」 「えっ!? えぇぇ?? これは一体……」   忽然と居なくなった綾香と疲弊しきった鈴音の姿を見て困惑する麗華だったが、ステージ上ではくだんの石棺の蓋がゆっくり持ち上げられ……真っ二つに切り込みの入った石台の上には腹部が血まみれになった綾香の身体が横たわっている様子が見受けられた。  客席からは驚嘆の声が上がり、スタッフ達も無線を使ってやり取りしたりステージ上を右往左往したりと落ち着きのない様子が伺える。  そして、誰かが呼んだであろう白衣を着た救急隊が担架を持ってステージへとあがろうした瞬間……  突然、石棺の蓋を持ち上げていたワイヤーがブチンと音を立て切れ、数十トンはあるであろう石蓋が綾香の死体らしきものへと落下し……  ズズンという音と共に石棺の壊れる音と大量の埃を巻き上げられ、ステージ上は埃によって完全に視界が遮られる事となった。 「あ……あの? 結城社長? これは……やり過ぎなのでは??」 「……あぁ。まさかここまでド派手な演出するんなんて聞かされてなかったぞ? またステージの修繕に金がかかるじゃねーか!」  舞い上がった埃が散り散りになり……視界が晴れて来ると、そこには先程到着していた二人の救急隊が担架を持って立ってる様子が見え始めた。  そしてその救急隊は抱えていた担架を同時に床に落とし、突然白衣を脱ぎ捨てる仕草を行う。すると……そこには…… 「ま、まぁ! 救急隊の方と思ってたら中から綾香さんと夏姫さんがっ!?」  両手を挙げ自分が無事であったとアピールする綾香と……  先程まで崩れる様に泣きじゃくっていた筈の夏姫が、満面の笑みを浮かべて同じように手を上げ観客にイリュージョンが成功した事をアピールする。  それを見た観客たちはようやくそこで全てが彼女達の演出だったと悟り、皆が立ち上がって拍手を送り返していく。  麗華もそれに乗じて席から立ち、はしゃぐ様に拍手を送りつつショーの最後を見届けた。

Comments

このメンツの関係値がどの程度だったかを思い出すのが大変でした。 いちお何度も過去作を読み返して違和感ないように言葉をかわさせましたが……いつかボロが出そうで今から怯えています笑 なるべく期待に添えるよう頑張ってみます( ゚∀゚)o彡°

ハルカナ

有難うございます。そうですね、今回は復習を受ける感じのシナリオにしていこうと考えてます。(でないと綾香がくすぐれないので笑)

ハルカナ

お久しぶりのこの面子 ハルカナさんの作品ではスニーカーズに並んで好きな面子です。 続きが楽しみですね。

ガリタル

読ませて頂きました。 展開が気になりますが、今回はお仕置きというより何やら復讐に近い責めにもなりそうで、やはり好みです。 今後の綾香さんの服装も楽しみです。

こーじ


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