一年前、自身が『閉所恐怖症』であることを知った。
きっかけは、ある謎解きイベントに参加したことである。
そのイベントは、参加者が四人毎のチームに分かれて、一つのテントに入った状態で謎解きを行うという形式だった。きっと、臨場感を出すためだろう。テントの中は暗く、四人で入るには些か手狭だった。
最初こそ、特にどうとも思わなかったのだが、人の温度を、息遣いを意識するにつれて、段々と気分が悪くなってしまった。
謎解きが開始してから、三十分が経過した頃、冷や汗が止まらなくなった。いやに心臓の鼓動が大きく聞こえる。意味不明な気持ち悪さと恐怖感が、僕の心を支配した。
その時、僕は実感した。自分は閉所に対して、明確に恐怖心を覚えているのだ、と。
結局、謎解きは失敗した。後半はロクに考えることもできなかった。
さらに、先日はこんなこともあった。
諸用で東京に行った帰り道、僕は不運にも満員電車に乗り合わせてしまった。
人がひしめき合う電車の中で、僕は『あの時』と同じ恐怖感を味わった。背筋が伸びて、冷や汗が出てきた。
咄嗟に、僕は窓の外に視線を移した。
車窓から外の風景を眺めることで、気持ち悪さを誤魔化そうとしたのだ。結果的に、なんとか気分がマシになったため、目的の駅まで耐えることができた。
どうやら、電車のように広く作られた空間であっても、自由にできるスペースが少ない場所であれば、僕の精神は『閉所』であると認識してしまうらしい。
◆◆◆◆
これらのことを魔王様に話した所、「それって閉所恐怖症なの?」と言われた。
どういう意味かと問いかけると、魔王様はこう言った。
「いや、だって縷々道くんって、誰かに触られたりするの凄い嫌がるじゃん。閉所じゃなくて、他者の体温とかが苦手なんじゃない?」
その意見は、すとんと腑に落ちる気がした。
確かに、謎解きをしていた時も、満員電車にいた時も、最初に嫌悪感を抱いたのは、人の体温だったり、息遣いだった。
さらに、十年ほど前までは、押入れに籠って一人で読書をしていたことも思い出した。(暗い空間と間接照明が落ち着くのである)
そうか、僕は……閉所恐怖症というより、人の体温や息遣いをストレスに感じてしまう体質なのかもしれない。
過度に他者に接近しなければ大丈夫みたいなので、それで乗り切っていこうと思う。
それを踏まえると、映像と音声と文字で付き合うことができる君たちのことが、凄く愛おしく思えてきた。いつもありがとうね、信徒達。
皆は、何かしらの恐怖症はあるかな?
折り合いをつけていくのは大変だろうが、お互いに頑張ろう。
縷々道 生我
2025-06-30 09:35:35 +0000 UTC縷々道 生我
2025-06-30 09:35:22 +0000 UTC縷々道 生我
2025-06-30 09:34:42 +0000 UTC蝶々
2025-06-29 01:07:42 +0000 UTCよーさん
2025-06-29 00:17:07 +0000 UTCびい
2025-06-28 23:43:41 +0000 UTC