配信中も沢山伝えさせてもらったが、そもそも皆が祝ってくれる気持ちが凄く嬉しかったし、趣向を凝らしたプレゼントだったり、サプライズもあったりして本当に幸せな日だった。
変に飾らず、気取らず、しかし洒脱に真っ直ぐお祝いしてくれる君達の気持ちを真っ向から受け止められて、あの日僕は世界で一番の幸せ者だったよ。
それから一夜明けて、ふと僕の中に疑念が湧き上がってきた。
「あれ?僕なんでこんなに祝われてるんだ?」
ネガティブな意味ではなく、本当に疑問だったのだ。10月1日という日は国民の休日でもなく、ただ僕が産まれただけの日だ。僕はその日何かを成し遂げたわけでもない、この日に君達に何かを与えたわけでもない。なのに凄く祝福される。
いや、そもそも誕生日ってどうして祝われるんだ?
どんどん疑問は膨らんでいく。気になって調べてみると、誕生日というのは元々神様が生誕した日に行う儀式だったらしい。月の女神アルテミスを見立てた丸いケーキに蝋燭を刺して、祈りをささげることで神の加護を得ようとしたそうだ。
同様の儀式をキリスト教徒達が行うようになり、やがてその文化が日本に流れてきた。そして、時の将軍だった織田信長が自分の誕生日を日本で初めて祝った……というのが、日本で誕生日を祝うようになった流れであると言われているそうだ。
まぁ結局、自己満足なのだろう。
誕生日を祝ってほしい気持ちも、祝いたい気持ちも―――。
でも、それはそれとして僕は諸手を挙げて喜んだし、皆も誕生日を祝ってもらえたらやっぱり諸手を上げて喜ぶと思うんだよ。自己満足でもいいじゃないか、誰かが幸せになるなら、意味合いとして間違っていようと、誰にもそれを咎める権利なんてないだろう。ありがとうね、信徒たち。
××××
それにしても、本当に皆はプレゼント……もとい贈り物を選ぶセンスがあるね。貰った物は全て心に染み入るくらい嬉しかったよ。これはもう本当に陰口なんだけど、僕の育ての親である魔王様は本ッ当にプレゼントのセンスがなくてね。
1600歳から数えても……
1600歳―バランスボール(乗らない)
1601歳―知らない人の画集(魔王様が好きらしい)
1602歳―ジッポライター(裸の女性がプリントされてる、一度も使ってない)
1603歳―高い素麺(一人で食べきれない、まだ残ってる)
1604歳ー万年筆っぽい髪留め(まだマシ)
という具合である。
特にジッポライターとかどういう精神状態でプレゼントを選んだのだろうか。
自分で買って使わなくなった物を僕に押し付けているのではないだろうか。
君たちの爪の垢をクラファンして魔王様に呑ませてやりたい。
そう思った誕生日配信の翌日であった。
縷々道 生我
2023-10-23 09:12:03 +0000 UTCよーさん
2023-10-20 01:38:19 +0000 UTC縷々道 生我
2023-10-03 07:36:03 +0000 UTC墓薙
2023-10-03 07:24:01 +0000 UTC