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縷々道 生我 from fanbox
縷々道 生我

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終末オカルトナイト―生原稿―

【 がしゃどくろ 】


・がしゃどくろ、と名付けられたのは昭和


がしゃどくろは有名な妖怪だ。しかしながら、この妖怪は歴史ある存在ではない。そもそも初出が1968年に刊行された『世界怪奇スリラー全集2 世界のモンスター』という、今の時代だったらコンビニに500円くらいで売られていそうなタイトルの本に掲載されていた。歌川国芳の『相馬の古内裏』という浮世絵に描かれた巨大な髑髏を指してこう呼んだのである。


それを水木しげるが妖怪画に落とし込んで、今のがしゃどくろの原型が出来た。ちなみにこの妖怪は、戦死者などの野ざらしにされた死体が骸骨が集まって生まれた妖怪で、名前の由来は『がしゃがしゃ』と音を立てながら歩くからがしゃどくろと言う。俗にこの妖怪の名前を『餓者髑髏』と表記することがあるそうだが、由来から読み解くなら、飢えて死んだ者の死体ではなく、戦死者の死体であるため、この当て字は少し的外れかもしれない。


・歌川国芳が描いた浮世絵が原型


この妖怪は歌川国芳の『相馬の古内裏』という浮世絵に書かれた巨大な髑髏がモチーフになっている。この歌川国芳さんっていうのは江戸時代後期に活動していた浮世絵師で猫に囲まれて猫を抱きながら絵を描いていたそう。


・誰よその女!


『相馬の古内裏』にてがしゃどくろを使役している滝夜叉姫は、14歳の時に父である平将門が殺されてしまい、陸奥へ逃げ延びた。その後、如月尼という名を授かり、仏教の教えを広める役割に就く。性格は慈悲深く、身分の尊卑に関わらず、人に分け隔てなく接する慈母のような女性。


そんな彼女には腹違いの弟がいた。14歳下の弟で、名前は平太郎。平太郎は平将門が戦死した年に産まれた妾の子で、それ故に自分が平家の末裔である事を知らない。


平太郎はとんでもない暴れん坊で、力が強かった。もしも彼が自分の父親が平将門である事を知ったら、幕府に復讐を企て、殺されてしまうかもしれない。そのように考えた如月尼は、彼に自分たちの出自を明かす事をしなかった。


だけどある日、平太郎は邪悪な蝦蟇の精霊に出逢ってしまう。蝦蟇の精霊は、平太郎に自らの出自を伝えた。お前の父親は平将門であり、今の幕府に殺されてしまったのだと。平太郎は案の定、復讐を心に誓うようになった。


さらに、如月尼がその事実をひた隠しにしていた事に怒った平太郎は、蝦蟇から授かった妖術で如月尼を闇落ちさせた。如月尼はまんまと妖術に掛かって、素手で数珠を引きちぎり、鬼になってしまったんだ。そして自らを『滝夜叉姫』と名乗るようになった。


それから姉弟は、とある廃墟を根城にして、幕府を打倒するべく仲間を集め始めた。近くを通った人間を襲い、度胸のある物は仲間にして、ない物は殺した。


そこに、噂を聞き付けた幕府の軍がやってきた――という場面がこの図である。滝夜叉姫は、無数の髑髏を呼び出して幕府軍にけしかけた。歌川国芳は、その無数の髑髏を巨大な一帯の髑髏として描いた。


ちなみに、幕府軍に追い詰められた彼女らが潜んでいた場所が相馬の古内裏である。


【 空亡 】


・百鬼夜行絵巻の最後に登場する妖怪?


空亡も、がしゃどくろと同様に、最近名前が与えられた妖怪である。元々は鳥山石燕の描く『図画百鬼夜行絵巻』の中で、最後に描かれた太陽(=日の出の象徴)であった。


百鬼夜行絵巻は、全体を俯瞰してみると朝に昇る陽射しから逃げる妖怪たちの絵となっている。


この百鬼夜行絵巻の最後に登場する太陽が、『陰陽妖怪絵巻』というカードゲーム上で空亡、と名付けられた。ちなみに名付け親は帝都物語の荒俣宏。しかしこの時点では、絵巻の最後に登場する太陽の事を『空亡』と呼称しているだけで、空亡を妖怪として扱っている訳では無かった。


ちなみに空亡、というのは四柱推命と言う占いの定義で『凶事が訪れる時期、不吉な時期』とされる期間の事。夜が明けて朝になる時間帯の事を、“妖怪たちにとっての”空亡の期間としたものと思われる。


じゃあ何でその空亡が妖怪になったのか。


・空亡を『妖怪』にしたゲーム


2006年、カプコンからとあるゲームが販売された。古代日本風の世界観に神話や妖怪を絡めたアクションアドベンチャーゲーム。そう、『大神』である。


その大神のラスボスが『常闇ノ皇』であった。黒い球体に赤い幾何学模様が掛かれたそれは、紛れもなく『空亡』をモチーフにしたものだった。(実際に初期の名前案は『空亡』そのものだったらしい)


後に発売された大神の画集によると、常闇ノ皇のモデルは実在の妖怪であり、百鬼夜行絵巻の最後に登場する妖怪であるとの事。そう、先述の『陰陽妖怪絵巻』に描かれた空亡が明確に妖怪として描かれた初めての作品はゲームだったのだ。


百鬼夜行絵巻の最後に登場する妖怪、妖怪のいない時間である日中を象徴する太陽のシンボル性。これらの情報がインターネット上に流布して拡大解釈された結果、最強妖怪の一角に名を連ねる事になったのが空亡である。


・妖怪?それとも空想??


それでは、空亡はそもそも妖怪だと言えるのだろうか。それとも、空想の産物だろうか。という疑問が生じる人もいるのではないかと思う。


でも、僕は空亡の事を、その強さは別として妖怪というカテゴリーに入れてもいいと思っている。というのも、文献にある太陽を、勘違いして妖怪として語り継いでいった。というような成り立ちを持つ妖怪など、他にもざらにいるからだ。


例えば小豆洗い、小豆洗いは川底で石が転がった音を聞いた人間が、そこに妖怪を見出して言った物であると言われている。それはただの物音であるにもかかわらず、小豆洗いと言う形を持ち、今でも有名な妖怪の一角として界隈に佇んでいる。


空亡の成り立ちは、小豆洗いと同じだ。だとしたら、それが妖怪として定義されている事も何ら違和感がない事では無いかと思う。百鬼夜行絵巻の最後に描かれた太陽が、全ての妖怪の恐れの対象として定義され、神さえも喰らう最強の妖怪として肉付けをされていった。正にお手本のような現代怪異ではなかろうか。

【 シシノケ 】


・洒落怖発祥の現代怪異


シシノケは2chの洒落怖スレ(洒落にならない怖い話スレ)にて紹介された話である。話をざっくりと紹介すると、石川県のとあるキャンプ場に犬と行った青年が、シシノケという怪異に出会った、という物である。


曰く、寝袋くらいの大きさでナメクジや芋虫に似た体形をしており、身体中をヤマアラシのような針で覆われている。顔には円形の口とカタツムリのように伸びた3個の目がある。


赤ん坊のような声で鳴き、「イトッシャノウ」と人語を話す。(これは石川県の方言で可哀想に、という意味を示す言葉)


その正体は諸説あって、単に山の妖怪だ。いや神様だ。或いは水子の霊の集合体だ、とも言われている。水子の霊の集合体であるとされている根拠は、赤ん坊のような声で鳴く事。四肢が発達していないため這いずって移動している事。可哀想に、という意味のある言葉「イトッシャノウ」だけを話せるのは、この存在が生前に唯一掛けられた言葉であるから、という説等が理由。


・何度も目撃されている実在性の高い怪異


このシシノケ、実は石川県のキャンプ場だけでなく、様々な所で類似の存在が目撃されている。極めて外見的な特徴がある存在なので、はっきりと見た人間であれば勘違いする事はないだろう。


シシノケの読みに関しても諸説あるが、原典となっている石川県の話では四肢が無い=四肢除け、という事になっている。だが、これは少しおかしいのではないかと考えている。除ける、というのはあくまである物を除く、という意味である。まあそもそも存在しない物は除けないので当然。


四肢除け、という風に書くのであれば、この存在の原型となった物には四肢があったという事になる。となると、原形が水子であるという説が有力なのだろうか。


或いは、シシが猪などの山の生物を指しているのであれば、シシ避け、つまり猪などを追い払い山の生態系を乱す存在として描かれているのだろうか。


話が逸れてしまったので元に戻そう。


シシノケの目撃談は多数あって、中には『シシノケと話した』という人もいた。曰く、シシノケは凶暴では無かったが、此方の世界に人がいる事をあまり良しとはしなかったそう。原型が水子なのだとしたら、普通に生きている人間というのはそもそもあまり好ましくないのか?


シシノケを山の神様であるとする説も多いんだけど、個人的には少し懐疑的で。神様と妖怪の違いというのは、“そのもの”に対する信仰があるかどうかだと思っているのだけど、シシノケ信仰などという話は聞いた事がない。シシノケの正体が水子だとしたら、水子供養がその信仰の役割を果たしていると言えなくもないが……。


・発祥の地、石川県にある“とある伝承”


シシノケが一番最初に目撃された石川県。キャンプ場があると推定されるところからは少し離れるが、同県にこのような伝承がある。加賀金澤の俳人綿屋北?が書いた(北国奇談巡杖記)という物だ。


小姓町(小将町)の中ほどに、なだらかながら怪しい径(みち)がある。草が生い繁り地中からいつも水があふれ出ていて、昼間でもなんとなく気味の悪いところである。ことに小雨のそぼ降る夜半など、たまたま心がけの悪い人(原文では「不敵なる人」)が通りかかったりすると、ころころと転がり歩くものが現れる。これがつちのこである。大きさは搗(つ)き臼ほどの横槌。色は真っ黒であちこち転がり歩き、消える寸前に、呵々(からから)と二声ばかり笑って雷の音を発し、バッと光を放って消え失せる。この怪異を見たものは古来何人もいて、2,3日は毒気に中(あた)って患うという。ために槌子坂と呼び、夜間は往来も途絶えがちである。


この場所は【ツチノコ坂】という場所である。思えば、ツチノコとシシノケはフォルムが似ている。パッと消える、雷の音を発するなどの相違点はあれど、フォルムや毒を持つという点からも類似項がある。ちなみに、シシノケにも毒があるとされている。原典でツチノコに噛みついたスレ主の犬は、原因不明の病に陥って亡くなったそうだから。


実際、石川県の二軒隣の新潟県では、1年に1回ツチノコ探索体が行政から出る程に、ツチノコの存在が身近にある地域だ。石川県にツチノコがいても何ら不思議ではないだろう。


水子か、妖怪か、土着神か、UMAか。新世代の怪異区分にはまだまだ時間がかかりそうだなと考えた。

終末オカルトナイト―生原稿― 終末オカルトナイト―生原稿― 終末オカルトナイト―生原稿― 終末オカルトナイト―生原稿―

Comments

感想ありがとう! そう、ここまで用意しているから中々時間かかるのだよね。 確かに、シシノケがいつの時代から在る存在なのかわからないが、古来からの伝承に由来する物なら共通項はあまりないね。

縷々道 生我

生原稿ありがとうございます! あらかじめきっちり内容が考えられてると聞いてましたが、fanboxにそのまま載せられるくらいしっかりした文章で書かれていて驚きました。すごい! 個人的にシシノケの「四肢」は手足を指すにはなんとなく新しめの言葉に見えたので、四肢除け説は後付けなのかなぁ、と思いました。

墓薙


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