ゲゲゲの鬼太郎のゲームがSteamで新しく発売されるというニュースを見た。
妖怪好きの僕としては、是非とも配信でプレイしてみたいところだ。
そんな事を考えている時に、ふと思った。どうして自分は、妖怪が好きになったのだろう。民俗学的な事が好きになったのは、地元(魔界)の祭事に関する一件があったからだ。世の中には、インターネットに載っていない知識が山程あると言う驚きを僕に与えてくれた、思い出深い出来事である。
でも、妖怪は?
僕はいつから妖怪を好きになったのだろう?
ということで、今日も今日とて、自分の魔族生を振り返ってみることにした。
僕と妖怪の付き合いを語るに当たり、これは外せないだろう。
幼い頃、風邪を引いた時に魔王様がレンタルビデオ店(死語)で借りてきてくれたゲゲゲの鬼太郎のアニメを見たことが、僕と妖怪との出会いだった。
当時見ていたのは、三期だった気がする。
幼い頃から、僕は一反木綿が好きだったようで、一反木綿のことを『おふとん!』と呼んでいたらしい。ちなみに、ぬりかべのことは『こにゃく!』と呼んでいた。
怪傑ゾロリのイラスト担当で有名な原ゆたか氏が絵筆を取った、幽霊・妖怪などに関する本が魔界小学校の図書室にあった。
当時、図書室に引きこもっているヒネガキ(ヒネくれたガキ)だった縷々道は、現実ではあり得ない未知の逸話の数々にすっかり魅了されてしまった。
様々な逸話の中でも、年老いたムジナが人を騙す話が特にお気に入りだった。
狐と狸が人を騙すんだよ!みたいな話をしている友人がいれば「ムジナもね」とドヤ顔で会話に割って入っていた事を覚えている。
何でムジナが化けるのかはよく分かっていなかった。今でもよく分かっていない。
妖怪の事を本格的に知ったのはこの辺りからだった気がする。子供がポケモンのゲームをプレイしている内にポケモンの名前を覚えるのと同じで、妖怪をモチーフにした本を読んでいる内に妖怪の名前を覚えていったのである。
具体的に言うのであれば、ぬ〜べ〜で浅く広い妖怪の分布を覚えて、京極堂で『妖怪を研究する』と言う概念を知ったと言うべきだろうか。
この頃から、ホラーコンテンツ全般ではなく、『妖怪』に興味を持つようになった。
妖怪と人との付き合い方、距離感、そう言ったものに関してはこの漫画で学んだ。
人間と妖怪は違う存在である。だからこそ、時折触れ合うことはあっても、混じり合うべきではない。この作品では、全編を通してこのようなスタンスを描いている。
妖怪の生まれ方、在り方、現代との親和性など、京極堂のように歴史を深掘りするのとはまた違う、新しい妖怪の解釈をこの漫画を通して学ぶことができた。
この作品は、紙の本でも持っているのだが、空き時間に読みたくてRentaで購入したら、Rentaのアカウントを紛失したので見ることができなくなった。悲しい。
以上、このような経験を通して、僕は妖怪と関わってきた。
最近はマダミスの執筆があるので、中々知見を深める機会がないのだが、いつか、こう言った要素も作品に取り込めるといいなぁ。
よーさん
2024-09-14 03:37:48 +0000 UTC縷々道 生我
2024-09-13 10:24:32 +0000 UTC墓薙
2024-09-13 10:14:45 +0000 UTC縷々道 生我
2024-09-13 06:45:09 +0000 UTC蝶々
2024-09-13 04:02:45 +0000 UTC