配信でも話したけど、先日、キャノンギャラリーが運営する『まつりと』という展示に行ってきた。
カメラのメーカーであるキャノンが主催しているだけあって、写真の一枚々がとても質が高く、芸術性の高い資料を見ているような気分になったよ。その中で、気になった展示がいくつかあったので紹介するね。
僕が撮影した写真をそのまま掲載するのは信条に反するので、拾い画で恐縮なのだけれど、画像付きで紹介させてもらうよ。
岩手県の吉浜にいる来方神。1月15日の晩(小正月)になると、海からやって来て近隣の家々を巡るという。
小正月と言えば、小豆粥を食べるという文化がある。魔を祓う太陽の色をした小豆を食べることで、今年の不運を祓おうという試みだ。
しかし、こうして見ると、小豆粥の文化には、スネカのように小正月に来るべき邪悪を迎え撃とうという意味合いがあったのかもしれない。
このスネカの画像を見ると、全員の顔立ちが違うことがわかる。それもそのはず、スネカは一定の姿を持っていないのだ。
スネカは見る人によって姿を変えるのだ。その人が恐ろしいと思う物に姿を変えるというのは、根源的な恐怖を象徴した存在だからなのだろう。
鹿児島県の悪石島で、7月16日に現れる来訪神。ギョロっとした目に長い鼻、口腔を開いた姿はまるで人を丸呑みしようとしているかのよう。
しかし、この神は悪神ではない。『悪石島のボゼ』という名前を聞くと、人を十人くらい殺してそうだが、むしろ無病息災や子宝をもたらす善神である。
ボゼは基本的に三人一組で行動しており、人に赤土をつけて良運を祈る。
しかし、近年、ボゼが鹿児島県にたまたま来ていたサラリーマンに赤土を付けて、スーツをオシャカにした(西くん)事件があったそうだ。サラリーマンは激怒して揉め事になったという。
イベントとはいえ、泥を人に付けるというのは、昔だからこそ許されたことなのだろうか。祭が衰退していくのは、人の価値観の変遷によるものが大きいと思われる。
大分県で行われる行事。鬼を追い払うのではなく、仏の化身として迎え入れるという祭だ。全身を亀甲縛り(語弊)された赤鬼と黒鬼が燃え盛る松明を手に堂内を荒々しく駆け回る。
南方では、鬼瓦という、瓦に鬼を刻んで魔を祓うという習慣がある。魔を持って魔を制すといった試みは南方では一般的なのだろうか。
鬼も仏も人ならざる者とするのであれば、人の味方をしてくれる鬼は仏と何が違うのだろうか。そんなことを考えた。
以上三点を紹介したよ。
既に展示は終わってしまったが、これからも独自の展示を行っているキャノンのこれからを、共に見守ろうね。
縷々道 生我
2024-03-24 14:55:42 +0000 UTC縷々道 生我
2024-03-24 14:54:57 +0000 UTCちゑ子
2024-03-22 13:05:12 +0000 UTCよーさん
2024-03-18 16:29:07 +0000 UTC縷々道 生我
2024-03-18 04:19:54 +0000 UTC蝶々
2024-03-18 02:43:34 +0000 UTC縷々道 生我
2024-03-17 17:16:53 +0000 UTC墓薙
2024-03-17 15:17:15 +0000 UTC